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新潟ふるさと村

新潟ふるさと村

見て、触れて、食べて新潟をまるごと体験
新潟ふるさと村(みちのえき にいがたふるさとむら)は、新潟県新潟市西区山田の国道8号上にある道の駅。

1991年(平成3年)7月、当時の西蒲原郡黒埼町大字山田地内の旧新潟県運転免許試験場跡地に「新潟ふるさと村」としてオープン。施設のテーマは「ふるさと新潟再発見」で、新潟県を象徴する観光拠点施設として、観光・物産の振興を図るとともに「ふるさと」に対する県民の意識を高め、地域活性化を一層推進させることを目的に官民一体で整備された。

整備事業は1988年度(昭和63年度)から着手し、施設の運営管理を行う企業として、新潟県と当時の県内全市町村(112市町村)、新潟交通や佐川急便など民間が出資する第三セクター「株式会社新潟ふるさと村」が設立された。

それまで山田に所在した運転免許試験場は老朽化のため1989年(平成元年)5月、北蒲原郡聖籠町の新潟港東港区(新潟東港)内に所在する、県有の工業立地用造成地へ移転した。その当時、東港周辺は工業立地が進んでいなかったことから、県がそれを補完する形で移転計画を進めたもので、ふるさと村の整備事業は試験場移転後の跡地利用の一環として行われたものである。

「新潟ふるさと村」は施設の総称としてオープン当初から使用しているが、1993年(平成5年)4月22日付で道の駅に登録する際、名称は町名から「道の駅黒埼」として登録された。

しかしこの間、1992年(平成4年)には三セクが約4億6千万円の累積赤字を計上するなど経営不振となり、さらには同年発覚した東京佐川急便事件の捜査過程で、三セクが佐川急便側から無利子で10億円の融資を受けていたことも発覚した。

県は三セクの経営再建策として、ふるさと村内の全ての土地・施設を買い受けて県有化した他、有料となっていた展示施設「アピール館」の入館料を無料化するなどの方策を進めた。これにより1994年(平成6年)2月から、施設は新潟県が所有し、アピール館や付帯施設は社団法人新潟県観光協会が県から管理業務を受託し、物産館「バザール館」は三セクが県から使用許可を受けて運営を行う方式に変更された。

駐車場ロータリー北側に位置する鉄筋2階建の洋館風の施設は、ふるさと村オープン以来、テナントの出店と撤退が相次いでいた。1997年(平成9年)6月には当時の地ビールブームに合わせ、白根市(当時、現在の新潟市南区)の醸造機器メーカーが運営する「新潟燦地麦酒醸造所」と、直売所兼レストラン「メイプリップ」がオープンしたが、のちのブーム沈静化などもあって不採算となり、2001年(平成13年)8月を以って閉店。その後もテナントの出店・撤退が続いたが、現在は新潟市の外郭団体が運営する観光情報案内施設となっている。

2001年1月1日、黒埼町が新潟市に編入合併されたのに伴って、施設の総称「新潟ふるさと村」を道の駅の正式名称として採用した。

なお、アピール館には2006年(平成18年)4月1日から指定管理者制度が導入されており、同日から2008年(平成20年)3月末までは新潟県観光協会が、翌日以降は2期にわたり、新潟ふるさと村運営グループ(愛宕商事、新潟ビルサービス、グリーン産業による共同事業体)が指定管理者として運営管理が行われている。

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