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滝尻王子

滝尻王子

ここから熊野の神の霊域
滝尻王子(たきじりおうじ)は和歌山県田辺市にある神社。現在の正式名称は滝尻王子宮十郷神社(たきじりおうじぐうとうごうじんじゃ)。前身は九十九王子の滝尻王子で、五体王子の一つに数えられた(『熊野権現蔵王宝殿造功日記』)。

国の史跡「熊野参詣道」(2000年〈平成12年〉11月2日指定)の一部である。

滝尻の地名は早くは『為房卿記』永保元年(1081年)10月2日条に見られ、『中右記』天仁2年(1109年)10月23日条には王子が既に成立していたことを示す記述がある。滝尻王子は熊野の神域への入り口として古くから重んじられ、『中右記』には「初めて御山の内に入る」との添書きがあるだけでなく、『源平盛衰記』にも同じ趣旨の記述を見出すことができる。中世熊野詣の頃には宿所があったともいわれ、藤原定家の「熊野道之間愚記」(『明月記』所収)建仁元年(1201年)10月13日条や藤原経光の参詣記(『民経記』所収、寛喜元年〈1229年〉)にそれを示唆する記述があるが、詳細は定かではない。

「滝尻」の名は、岩田川(富田川)と石船川(いしぶりがわ)の合流する地点に位置し、2つの急流がぶつかりあって滝のように音高く流れたことに由来すると伝えられる[7]。古来の参詣道を精確に推定することは困難だが、参詣者が初めて岩田川に出会う稲葉根王子から滝尻王子まで、参詣者は何度となく岩田川を徒渉しなければならず、一種の難所であった。「熊野道之間愚記」建仁元年(1201年)10月13日条で、この間の道中について、幾度も川を渡り山を越さなければならないと述べると同時に、紅葉が川面に映るさまを見事であると讃えている。

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