FC2ブログ

最新トピックス

興津宿~由比宿の東海道散策ガイド・・・興津から由比あたりには、宿場町の面影を色濃く残す街並みが続く・・・
情緒と賑わいあふれる城下町 飛騨高山を散策・・・高山は城下町の面影と伝統が今も残る町。・・・
山中湖ICから反時計回りに富士山麓をほぼ一周ゆるり旅・・・東富士五湖道路山中湖ICから反時計回りに富士山麓をほぼ一周し・・・
福井県の断崖絶壁が続く越前海岸を行く!!・・・海際まで山が迫り、断崖絶壁が続く越前海岸・・・
迫力満点の大滝 ふくべの大滝を巡る石川県の旅・・・関西からの代表的な山岳ドライブウエーといえば、高野龍神スカイラインや・・・

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

薬師寺

薬師寺

ハギの寺として知られる古刹
薬師寺(やくしじ)は、奈良県奈良市西ノ京町に所在する寺院であり、興福寺とともに法相宗の大本山である。南都七大寺のひとつに数えられる。本尊は薬師如来、開基(創立者)は天武天皇、道昭、義淵である。1998年(平成10年)に古都奈良の文化財の一部として、ユネスコより世界遺産に登録されている。現・管主は山田法胤である(2009年8月着任)。

薬師寺は天武天皇9年(680年)、天武天皇の発願により、飛鳥の藤原京(奈良県橿原市城殿〈きどの〉町)の地に造営が開始され、平城遷都後の8世紀初めに現在地の西ノ京に移転したものである。ただし、飛鳥の薬師寺(本薬師寺)の伽藍も10世紀頃までは引き続き存続していたと見られる。

『日本書紀』天武天皇9年(680年)11月12日条には、天武天皇が後の持統天皇である鵜野讃良(うののさらら)皇后の病気平癒を祈願して薬師寺の建立を発願し、百僧を得度(出家)させたとある。薬師寺東塔の屋上にある相輪支柱に刻まれた「東塔檫銘」(とうとうさつめい、「さつ」は木扁に「察」)にも同趣旨の記述がある。しかし、天武天皇は寺の完成を見ずに朱鳥元年(686年)没し、伽藍整備は持統天皇、文武天皇の代に引き継がれた。

「東塔檫銘」には、「清原宮に天の下を統治した天皇(天武)の即位八年、庚辰の歳、中宮(後の持統天皇)の病気のため、この伽藍を創り始めたが、完成しないうちに崩御したので、その意志を継いで、太上天皇(持統)が完成したものである」という意味のことが記されている。ここでいう「天皇即位八年、庚辰之歳」は、『書紀』の「天武天皇9年」と同じ年を指している。すなわち、『書紀』は天智天皇の没した翌年(壬申年、西暦672年にあたる)を天武天皇元年とするが、天武が正式に即位したのはその翌年(西暦673年にあたる)であり、「天皇即位八年」とは即位の年から数えて8年目という意味である。

持統天皇2年(688年)、薬師寺にて無遮大会(むしゃだいえ)という行事が行われたことが『書紀』に見え、この頃までにはある程度伽藍が整っていたものと思われる。『続日本紀』によれば、文武天皇2年(698年)には寺の造営がほぼ完成し、僧を住まわせている。この創建薬師寺は、藤原京の右京八条三坊の地にあった。大和三山の畝傍山と香久山の中間にあたる橿原市城殿町に寺跡が残り、「本薬師寺(もとやくしじ)跡」として特別史跡に指定されている。

薬師寺を含むモデルコースを見る。
奈良県までの航空チケットを手配する。
奈良県の旅館・ホテルを予約をする。
奈良県までのJR・航空+旅館、ホテルを予約をする。
スポンサーサイト
検索フォーム
カテゴリで探す
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。